2014年1月20日月曜日

RG 量産型ザクII 03

前回、腑抜けた投稿でお茶をニゴシてしまったことを全く後悔していないクズ以下中年やすです。
本日入院四日目=絶食四日目です。皆さま如何お過ごしでしょうか?

さて今回の作業です。
紛失したFパーツを一晩かけて探そうとしたところ、病院の消灯時間は22時という環境的困難とそれに伴う強制消灯に見舞われ、失意の中やむなく就寝です。助かりましたいや無念。

しかし、早朝5:30の採血で目を覚ました私は目を疑いました。奇跡とはこういうことをいうのだと確信しました。
机の上にFパーツが…。まさにミラコー!、アメーズィン!、ビバ!童話の住人、本当はいい奴だと前から思っていたんだよ。
これを奇跡といわず何というか?
「朝早く起きたので箱の中をくまなく探しまわり発見したFパーツを机の上に置いて撮影した」です。


すみません、これ以上引っ張れません。

ともあれFパーツが見つかり作業が継続できます。
胸部の組み付けは特に難しいことはなくサクサク進んでいきます。

コクピットハッチは開閉します。
更にズンズン進みます。

基本的にパチ組みなので見せ場もなにもありゃあしません。

アッという間にどうでしょう。バックパックも組み付けました。

胸部左右のプレートとバックパック上部のスラスターがとても小さくて掴み損なうと無限の彼方に飛んでいきます。

ピンセットがあれば問題ありませんが、残念ながら病室にはピンセットはありません。

このあとは、胴体部の動力パイプです。望むところだが、そろそろ消灯時間が迫ってきましたので今回はここまでです。

↓次回投稿の励みになりますのでポチっと押して行ってください。

2014年1月19日日曜日

RG 量産型ザクII 02

いやいや、光陰矢の如しと言いますが、月日の経つのは早いもので、戻らない日々をネチネチ悔やんでも始まりません。

私、今ここで打ち明けますが、またまた入院しております。入院理由も2年前と全く同じで、体調管理がなっていない、学習能力皆無なズボラ生活がもたらした結果ですね。

本日入院三日目です。皆さま如何お過ごしでしょうか?

入院すればプラモデルというルーチンができつつある私ですが、逆に入院しないとプラモデルが作れないという悲しい現実をヒシヒシと実感して、やや切ない気分です。

さて、今回も前回退院時に製作途中でそのままホッタラカシていたザクを2年ぶりに引き続き製作します。絶食治療なので飯も食えないし暇だし前回の投稿が2012年だしもうどうしょーもねーなー。

2年前の記憶を呼び起こし、といっても記憶などもうありません。しかし、それは悪い事ではありません。また新しい気持ちで作業ができるという一粒で二度オイシイみたいな得した気分になれます。

あくまでポジティブシンキンで作業を進めます。「何事も楽しんでやる」「楽しくなくても楽しみを見つけ出してやる」大切なことです。

2年前の投稿を見返して、目の前にあるものと比べてみます。
下半身ができるまでの内容でした。
しかし、実際は両腕もできています。靴屋の小人が作ったのでしょう。

自分のやることはともかく、他人がやることに関して、中途半端は一番嫌いです。やるのならブログにアップまでしていてほしかったです。
使えねぇな、童話の住人はよ。

さて作業ですが、組み立て説明書によれば、腕の次は上半身です。11ページから始めます。
ここで問題発生。

11ページの07-2に必要なFのパーツがランナーにありません。これは困ったです。

F1のランナーを何度確認してもありませんし、他のランナーを順番に見直してみても見つかりません。

作業開始からわずか5分で行き詰まりとは…ずっと放置していた報いでしょうか?

もう一度組み立て説明書を最初から見直して見ます。
するとどうでしょう、9ページの05-1にFという文字を発見しました。

右腕の組つけの時に外したパーツでしたが、全くもって記憶にありません。
更に10ページにも左腕の組み付け途中に取り外しています。

小人野郎が作業したところです。中途半端はまあ2万歩譲って我慢しますが、パーツをどこかに紛失するなどもっての他です。今日はもう疲れました。







今回、久々の更新ということで前置きが長くなり、パーツ紛失に加え、3日もなにも食ってないことでかなり体力を消耗してしまいました。
今日の作業はパーツB⑥をランナーから切り離しただけで終了です。

ブログなめてんのか?
すみません、反省しています。


↓折れた心の励みになりますのでポチっと押して行ってください。


2013年9月25日水曜日

車って

ポロについての負の投稿にちょっと飽きてしまいました。
秋の気配も強まり、何かと肌寒さや自分のうすら寒さを感じてしまう今日この頃です。
皆さま如何お過ごしでしょうか?

つい数日前に新車購入についてのアンケートがVWから来ました。
アンケートのご意見の欄に書ききれないくらい書き連ねてみました。
しかし何の反応もないのでしょうね。

さて今回の投稿は私が乗り継いだ車でも回想してみようと思います。
皆さまからすればどうでもよいこと、もしくは知らなくてもよい情報ですが、そんなのお構いなしに回想しまくってみましょう。

最初に乗った車はファミリアバンです。
もう20年以上も前のことですので、記憶の奥底をほじくり返してみないと思いだせないです。
この車は私の叔父が私が免許を取得したと知り、当時病床に伏せていた私の父親を病院に送迎させるために自分が乗っていたものを譲ってくれました。

ウィキペディアから拝借。問題あれば削除します。
しかし、年式すら覚えていませんし、ウィキペディアで調べて画像も確認しましたが、記憶の中の車のディテールも曖昧で、掲載画像と頭の中のイメージと合致しません。

こんな感じだったようなそうでないような。
天然ガス?燃料仕様車に改造してあり、パワーはあまり無く、遠出をする時など、ガスステーションを探すのに苦労しました。

友人数人と出かけた時などは、4人も乗車すると、たちまちガスパワーが不足し、かなりのエンジン音を轟かせながら苦しそうに走っていました。

この車の思い出といえば、友人の家に初めて車で出かけた時に見事に細い路地に迷い込み、30回くらい切り返して方向転換し、カーブミラーの出っ張りでフォグランプを粉砕したことです。
カーブミラーは視覚に入らない部分がクニっとクランク形に曲がって設置されておりました。

度重なる切り返しの焦りに、集中力が途切れてもうヘロンヘロンなところでグギュっといってしまい、もうそのまま車を放置して電車で帰ろうかと一瞬本気で考えてしまった青臭い自分を垣間見ました。

結局、数か月か半年程度で手放したか叔父に返したように記憶しています。
荷物は沢山載せれました。
残念ながらあまり記憶に残っていない車でした。